前に書いておいて、どうせ佐藤優などというのは一過性のブームだろうと思って削除したが、そうでもないようなので少し修正して再掲する。
「国体教の山僧・佐藤優

 なんか最近たてつづけに佐藤優の名を知人から聞いた。「外務省のラスプーチン」である。『一冊の本』で魚住昭による連載インタビューはちらちら見ていたが、調べてみたら、『世界』と『正論』に連載を持っていたので驚いた。世の中には『正論』に一本論文載せただけで就職がダメになる学者もいるというのに。『諸君!』に出ただけで非難される教授もいるというのに。
 もう左右を問わずたいへんな売れっ子評論家らしい。
 しかし、単にその閲歴でもてはやされているだけで、言っていることは、多量に読書をしたちょっと頭のいい若者の思いつきの域を出ていない。ある仮説を、学問的に多方面から検証することができていない。ただ珍奇な説を断定的に述べているだけである。
 これはその知人の一人が送ってくれた「世界」連載の最終回である。

「本連載で、筆者は具体的な政治的提言を行うことをできるだけ控えた。それは最後に一つだけどうしても強調したいことがあるからだ。その強調したいこととは、日本国憲法の擁護である。筆者は、日本国憲法において日本の伝統的国柄(国体)が保全されていると考える。それは権威と権力を分離するという日本人の英知である。紙幅の関係で十分に論じることはできないが、新自由主義はアトム(原子論)的個体を前提とするので共和政体と結びつきやすく、ファシズムは権力と権威を一体化させた指導者が国民を束ねるというシステムなので、いずれも天皇制と軋轢を引き起こす可能性が高い。
 例えば、憲法第九条の改正は共和制に向けた露払いとなる危険がある。憲法第九条を改正して交戦権を認めよと主張する論者がいる。その場合、宣戦の布告は誰が行うのであろうか。論理連関からすれば天皇の国事行為になるはずだ。戦争を行った場合、日本が絶対に勝つという保証はどこにもない。事実、六一年前にわれわれは敗北したではないか。敗戦した場合、宣戦を布告した者の責任が追及される蓋然性は高い。ここから天皇制が外圧によって崩れる危険が生じる。天皇制が崩壊すると権威と権力を分離するという日本の伝統が崩れる。共和政体になった場合、権威と権力を一身に集めようとする煽動政治家の詐術によって日本国家がファッショ化する危険性が高まると思う」

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 まるで「風が吹けば桶屋が儲かる」である。また、共和制になるとファッショ化するとは、呆れた議論である。ではフランスやドイツやイタリアや米国はファッショ化しているのか。しかもファシズムの原点であるイタリアは、ムッソリーニの上に国王がいる君主制だったはずだぞ。こんな人を「博覧強記」だなどと思っているのだから愚民は困る。だいたい天皇制擁護論が『世界』に載ること自体、おかしかろう。岩波から単行本になるのかどうか、見物である。
 かつ「権威と権力の分離」というが、立憲君主制ならどこの国でもそうだろう。逆に室町、徳川時代の日本では天皇は権威としてなど機能していなかった。『神皇正統記』など持ち出しているが、それなら今の天皇北朝だから正統な天皇ではないよ。どうもやたらと「国体」などという明治以後の言葉を持ち出すあたり、「国体教の山僧」らしい。この山僧が崇めるのが「天皇」と「九条」のある日本国憲法という土偶なのである。
 糸圭秀実はかつて井上ひさしを、天皇制を認め九条を守れと言う「戦後民主主義者」だと批判したが、佐藤優もその類か。佐藤が米原万里と親しかったと聞けば、その義弟たる井上ひさし天皇の茶会に行ったことも腑に落ちる気もする。天皇制是認の共産党なのか。まあ天皇制と共産主義は両立するという議論は昭和初年からあるわけだけれども。
 最近、島田とか中沢とか、そういう意味での「戦後民主主義者」は増えている。(なぜ私がそんなに天皇制を嫌うのか、と問う輩よ、私はむしろ、「差別」を憎む連中が平然と「身分差別」を許しているのが不思議でならないよ。スウェーデン人であろうがオランダ人であろうがね)
 田中和生は、九条が改正されると、兵役にとられる若者にとってつらい時代が来る、と書いている。徴兵制を今でもしいているのは、ドイツとロシヤ、韓国くらいである。どういうわけか、九条改正というとすぐ「徴兵制」と連想するやつがいるのだが、スイスだって国民皆兵永世中立なのだ。
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 魚住によるインタビューはまだ続いているが、途中で朝日新聞社から単行本が出た。『ナショナリズムの迷宮』というのだが、中で「ホリエモン」が、象徴天皇制に違和感を感じると発言したことに触れて佐藤は、大統領制になれば天皇制が危ういと相変わらずのロイヤリストぶりを発揮しているが、ホリエモンがこんなことを言うのは背後に「貨幣」があるからだと言う。恐れ入った話だ。じゃあ天皇制廃止論者たる私や橋爪大三郎は背後に貨幣があるのだろうか。そして柄谷行人と対談しても、そんな話はしないのである。共和制はファシズムを呼び起こすと書いたあとで、『世界共和国へ』の著者と対談しているのだから、その話をしなきゃダメだろう。老いたな柄谷。