中村一仁氏に教えられた「日本人にとって天皇とは何か」という、福田恆存林健太郎司馬遼太郎山崎正和の座談会(『諸君』1971年1月号、『福田恆存対談・座談集 第7巻 現代人の可能性』)を見たら、確かに福田が途中で、天皇は戦争を始めるのを止めればよかった、などと言っていて、林が「何をおっしゃっているのかよくわかりませんが」と言って、明治憲法下でも天皇がその権限を行使するのはきわめて困難で、ポツダム宣言受諾も、鈴木貫太郎の根回しで可能だったのだと答えている。
 だが座談会冒頭では司馬もおかしなことを言っていて、天皇制というのは、明治憲法下の六十年しかなくて、それなのに左翼はその六十年だけの天皇制を攻撃していると言っている。天皇制は、明治憲法でも日本国憲法でも、天皇の地位が法で定められたことをさすと考えるのが妥当であり、司馬でもこの程度の認識だったか、とちょっと鼻白む。 
小谷野敦