斎藤美奈子とドナルド・キーン

 「週刊朝日」で、斎藤美奈子ドナルド・キーンの新刊を褒めていた。斎藤らしくない、と思った。キーンが、日本人に媚びて商売をしている人であることくらい、分からない斎藤ではあるまい。で、その新刊から一箇所紹介しているのが、キーンが谷崎潤一郎から、『細雪』に書いてあることはほとんどすべて実際に起こったことだ、と言われた、というところ。これを「すごい逸話」だと斎藤は書いているのだが、そんなことは谷崎研究の常識である。どこが事実どおりでどこが変えてあるか、蛍狩りはどこで行われたのを変えたとか、水害のところは虚構だとか、妙子のボーイフレンドは虚構だとか、詳細に分かっている。キーンの本で改めて知るようなことか。ときどき馬脚をあらわすのが斎藤美奈子である。ついでに言っておくと、先週の「週刊朝日」でライターNが高田衛の『完本 八犬伝の世界』を絶賛していたが、伏姫は文殊菩薩だという説は近世文学の専門家の間では認められていないことだけは言っておく。             (小谷野敦