歌丸の厩火事

 この日、NHKの「日本の話芸」でやった歌丸の「厩火事」は、かつて見たことのない名演だった。この数年の歌丸の藝が進境著しいことは気づいていたが、これはすごかった。サゲの直前で女が涙を拭くところで、私はまったく意識せず、もらい泣きしていた。「厩火事」というのは、そんなに好きな話ではない。愛情確認をする女というのは、男にとって鬱陶しいものだからだ。小三治が演ってさえ、今回の歌丸ほどの完成度はなかった。藝術協会会長の名に恥じない名人に、歌丸はなりつつある。
 ところで、米朝師匠は気の毒である。かつて師匠は、関係者がみな55歳で死んだため、自分も55で死ぬのではないかと恐れていたというが、むろん、今年80の長命を保っている。だがその一番弟子の枝雀の自殺に続いて、まな弟子の吉朝が50歳で死んだ。
 18年前、尾上辰之助が40歳で死んだ時も、まだ存命だった尾上松緑が気の毒だったが、いま、その息子は四代目松緑として宙乗りを披露し「宙乗り否定の家柄なので」化けて出るんじゃないかなどと言っているが、紀尾井町の口跡のファンだった私としては嬉しいところだ。松緑は、猿之助宙乗りをくさして「喜熨斗サーカス」などと言っていた(喜熨斗は猿之助の本名)。
 そういえば猿之助不在の間に、段四郎が一回り痩せて、ひどくうまくなってきている。先代の河原崎権十郎を思わせる風格が出てきた。