以前、弘兼憲史の『人間交差点』で、大学の話を読んだ。非常勤講師の女性二人が助教授の座を争うというものだったが、どうもこの原作者は、大学の仕組みが分かっていないのではないか、と思った。
大学教員の階級は、
教授
准教授
専任講師
(専任助手)(大学によってはある)
ここまでが「専任」である。
あとは、
助教
助手
非常勤講師(兼任講師)
があるが、助手は専任ではあるが、多くは数年で他の大学へ行かなければならない。ただし、助手から准教授に昇進するとか、50近くまで助手をしているとかいう例はある。これに対して専任助手は、いずれ専任講師や准教授に昇進することが約束されている。
「兼任講師」というのは、「非常勤」という響きを嫌って使われている婉曲表現で、別にどこかと兼任していなくても、言われる。
ある大学の非常勤講師から准教授になるということは、ないではないが、あまり一般的ではない。国立大学の場合、准教授昇進年齢はまちまちだが、教授昇進はだいたい45過ぎである。私立では、法政大学のように、専任講師を三年やると准教授、それで三年で教授、ということもあり、30代の教授も珍しくないが、こちらは国立と違って、昇進しても昇給するとは限らない。なお、ある大学で教授だった者が、より上位の大学へ助教授で行ったりすることを「降格人事」という。京都精華大学教授だった上野千鶴子が東大助教授になったのが、典型的なそれである。
なお夏目漱石以来、「大学を飛び出した人」の系譜というのがある。私もその一人だが、その後(末路?)を辿ると、(カッコ内は辞めた年齢)
夏目漱石(41)・東大講師→朝日新聞専属小説家
小林秀雄(44)・明治大学教授→創元社取締役
中野好夫(50)・東大教授→中央大学教授(あいだ11年)
佐伯彰一(44)・都立大学教授→東大教授(あいだ一年)(2016年死去)
梅原猛(44)・立命館大学助教授→京都市立芸大教授(あいだ三年)→国際日本文化研究センター所長
廣松渉(37)・名古屋大学助教授→東大助教授(あいだ六年)
奥本大三郎(44)・横浜国立大学助教授→埼玉大学教授(あいだ二年)→名誉教授
(学生がバカだから、と言って辞めた)
西部邁(49)・東大教授→鈴鹿国際大学教授(あいだ六年)→秀明大学学頭(2018年死去)
舛添要一(44)・東大助教授→参議院議員→厚生労働大臣→東京都知事
柳瀬尚紀(48)・成城大学助教授→翻訳家(2016年死去)
栗本慎一郎(50)・明治大学教授→衆議院議員→あちこち客員教授
大月隆寛(38)・国立歴史民俗博物館助教授→札幌国際大学教授(あいだ十年)→2020年懲戒解雇→
立川健二(41)・文教大学教授→非常勤
植島啓司(55)・関西大学教授→人間総合科学大学教授(あいだ三年)→再度退職
(これは「飛び出した」んじゃないんだが)
小倉千加子(52)・愛知淑徳大学教授→非常勤
小谷野敦(37)・阪大助教授→非常勤→文筆家
東浩紀(35)・国際大学GLOCOM教授→東工大客員教授→早大教授→評論家
黒田龍之助(43)・明治大学理工学部助教授→ロシア語教師
六車由実(38)・東北芸術工科大学准教授→特養介護
大澤真幸(50)・京大教授→
與那覇潤(38)愛知県立大学准教授→
磯野真穂(46)国際医療福祉大学准教授→
岩田温(38)大和大学准教授→
広松渉が六年の間、文筆業で食っていたというのが凄い。佐伯彰一は、同僚と喧嘩して辞めてトロントへ教えに行って将来に不安を抱いていたらすぐ東大というのも華麗。でもまあ、ストレス死するくらいなら辞めたほうがよござんす。
(助教授が准教授になったため改訂した)