富島健夫伝

以前から「富島健夫書誌」を作成していた荒川佳洋さんが『「ジュニア」と「官能」の巨匠富島健夫伝』(河出書房新社)を刊行されたので、さっそく購入して読んだ。荒川(以下敬称略)は「全部は書けなかった」としており、富島の小説そのままであるらしい多様な女性関係は書かなかったようで、それは残念だが、とりあえず伝記が出たということでよしとしたい。
 以下、気になったところを記す。
・1963年、学燈社の『若い人』が、富島の小説のために「発禁処分」になったとあるが、戦後日本に「発禁」はない。わいせつ文書とされたら、警察が書類送検して、検察が起訴して裁判になるのである。おそらく、警察から注意された程度のことであろう。
・河出書房の坂本一亀が始めた「文藝の会」という若い文学者の会のことが出てくるが、佐藤愛子黒井千次に混じって「菅生昭正」というのが出てきて、検索したら荒川の書誌しかなかった。菅野昭正の間違いであろう。
・1971年に小説ジュニア新人賞を受賞した「板坂輝子」というのが出てくるが、その時の筆名でなければ「板坂耀子」であろう。
・「思い浮かべた」の意味だろうが「浮かべた」としている。
・ジュニア小説と官能小説を書いたということで富島をユニークな作家と位置づけようとしているが、川上宗薫だってそうである。
石坂洋次郎と対比して、石坂の小説の「性」はきれいごとでしかない、としているが、『光る海』はそうではない。
・富島の小説の中で、ある高校にすごい美少年がいて、それを見た女生徒がしゃがみこんで動けなくなった、とあるのを、荒川は当初、単に衝撃からだと思っていたが、のちもっと深い意味があると分かったと書いている。だが、それが何か書いてないので読者はとまどう。月経でも始まるのか、愛液でも流れだすのか。
・妙なところで名前を伏せている。富島が女性ミステリー作家を泣かせた、とあるが誰か書いてない。仁木悦子か、夏樹静子か。また富島が『女学生ロマン』の連載を降りるきっかけとなった性医学者の連載が出てくるが、これは松窪耕平で、名を伏せなくともよい。
・「懲役人の告白」→「告発」
・松原新一が、初期の富島批判者としてよく出てくるが、荒川は富島かわいさのあまり松原に悪意があり、松原が「通俗小説」と言って、文庫解説の仕事を失うようなことをした、と書いているが、これではまるで他の文藝評論家は文庫解説の仕事がほしくて通俗作家を褒めているみたいである。また逆に言えば、松原は信念を曲げない偉い人ということになる。
・1970年代に、ジョージ秋山の「アシュラ」などが、残酷だとして「有害マンガ」扱いされたことがある。ここで荒川は、『少年マガジン』編集長の内田勝が、同誌の読者の85%は高校生だと、「年齢層を盾にとったおかしな反駁をしている」と書いているが、何がおかしいのか分からない。
・荒川も「青春の野望」あたりになると、富島に批判的になるのだが、さて富島が「男の子の性」を正面から描いたかというと疑問で、富島は「もてる男の子の性」しか描かなかったのである。
/しかし最近「ラノベ」についての評論や研究で、その先蹤たるジュニア小説、コバルト小説について、あまり読んでないし調べてないなと思われるおざなりな記述が散見されたので、本書刊行の意義はある。
小谷野敦