工藤美代子の『もしもノンフィクション作家がお化けに出会ったら』に、鶴田欣也のことが書いてあるのを、人に教えられて知った。初出は2000年で、鶴田さんが死んだ翌年のものだ。98年12月20日に鶴田さんから電話があって、末期の肺がんだと告げられたとあるが、それは私が同じことを手紙で告げられたのと同じころだ。
私が知らなかったことは、鶴田さんがものすごい整理整頓好きだったということで、テーブルの上に新聞が置いてあっても怒ったということ。書斎については書いてないが、おそらくそちらも綺麗だったのだろう。工藤と離婚したあと、工藤が用事があって家を訪ねると、きれいになっていたので驚いたという。
工藤は書いていないが、これはどうも病理的である。鶴田は文学研究者であった。文学研究者というのは、多量の本や資料を本来は読むから、書斎などはそういうものでごった返しているのが普通だ。だが、それは多分鶴田の場合、なかったのだろうと私には納得されるものがあって、それはつまり鶴田が文学研究者としてあまり優れていなかったということである。鶴田の論文は、ただ小説を読んで、それで書くというニュークリティシズムであって、注だの参考文献表だのがつくのは見たことがない。だから先行研究なんかお構いなしである。私は、怠け者なのかなと思っていたが、この異常なきれい好きも、その一因ではないかという気がする。
なおこの本で工藤は、お化けを見たとかそういうことを書いていて、そういう話は嫌いではないのだが、すべて錯覚か記憶の錯誤である。