写真家の内山英明が65歳で急死した。私は写真のことはろくに知らない。沢渡朔や清岡純子なら知っているといった、『アサヒカメラ』がヌード特集だと買ったりするそういう人間だが、内山英明となると、俵万智との関係で気にならざるを得ない。
俵万智が40歳で「未婚の母」になった時は、あちこちで、相手の男は誰だといった記事が出たもので、鴻上尚史などいろんな名前があがった。ところが、それから二年ほどして、俵さんが新聞に小説『トリアングル』を連載し、そこで、13歳年上のカメラマンMとの不倫を描いたら、それはどう考えたって『俵万智写真集』を撮った内山英明なのに、私の知る限りどこでもそのことは指摘されなかった。『トリアングル』は、子供が生まれるところまでは書いていないし、子供の父親はまた別の人かもしれないが、だいたいこの小説は世間から冷遇されすぎだと思う。確か2008年に『文藝』が、21世紀にデビューした作家カタログというのをやった時も、私も俵さんも出ていなかった。まあ私が無視されるのはいいとして、むしろ俵さんもいないということで自分を慰めたほどだったのだが、『トリアングル』は私小説の佳作である。そして、ある程度はモデルの詮索をしてあげるのが礼儀というものである。
あまりにあからさまなのでみな呆然としてしまったというところもあるだろうが、作家というのは、あまりしつこくモデルの詮索をされると怒ったりするが、まるでされないのも、それほどまで論じる価値のない作品なのか、と思って嫌なものである。いや、存外本人はほっとしているのかもしれないが、あまりに不自然なので、書いておくことにした。
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大江健三郎・谷川俊太郎・河合隼雄『日本語と日本人の心』(岩波現代文庫)は、シンポジウムの記録だが、ここで大江がおかしなことを言っている。川端の『雪国』の、サイデンステッカーによる英訳は、「国境の長いトンネルを抜けるとそこは雪国であった。夜の底が白くなった」というところを訳していない、小説が始まるとすぐ「駅長さん、駅長さあん」になると言っている。
そんなことはない。「The train came out of the long tunnel into the snow country. The earth lay white under the night sky. 」と訳されている。1996年に出て、2002年に文庫化されているが、誰も指摘しなかったのだろうか。もっともこの議論は、この後もこの間違った事実を前提として続いているから、そこだけ修正するというわけにはいかなかったのかもしれないが。
(小谷野敦)