「統合失調症」という言い換えのおかげで迷惑している人はいないだろうか。自律神経失調症の人とか、統合幕僚本部の人とか、東郷君とか。小学生の東郷君が「失調症」とあだ名をつけられていじめられているとか。きっと敗戦後しばらく「東条」って名前の子供はいじめられたんだろうな。誰かそういうノンフィクション書かないかな。 

                                                                              • -

四方田さんの本のおかげで、由良先生が何だか、隠れた偉大な学者・批評家みたいに思われているようなんだが、どうかなあ。由良先生は一年生の時英語を教わったけど、デズモンド・モリスの『ジェスチャー』がテキストで、でもそれは翻訳があって、あまり翻訳のあるもの使うべきじゃないと思ったし、授業中は不機嫌で、『日曜美術館』で山岸凉子と一緒の時は人が変わったように上機嫌だった。
 専門がコルリッジなんだが、英文学ではエリートは英国初期ロマン派をやるんだ。キーツとかシェリーとかはダメ。つまりエリート的選択。で、仮に「由良君美はすごいらしい」と思った人がコルリッジに関する論文を読んで、意味があるかどうか。あれは専門家以外には意味ないと思うし、英語かなり出来ないと意味ないし、あなた、由良先生を読む?「クブラ・カーン」英語で読んだことありますか、ってなものだ。
 平井呈一の弟子だから、『椿説泰西浪漫派文学講義』とか、題のつけ方が既によくない。石川淳か。で、専門以外の関心の持ち方がとっちらかってるんだよね。博学といえば聞こえはいいけど、横光利一について書いているのなんか、父親が横光の友人だったのを受け継いだ「家業」だし、幻想文学関係は、まあ言ってるだけ。あとこの人、妙に左翼っぽい平和主義者で、創元推理文庫の『夢野久作集』の解説なんか、読んでて鼻白んだ。いちばん読みやすいのが『言語文化のフロンティア』なんだけど、この人チョムスキーを受け入れていないから、今では的外れなことばかり書いてあるのだ。クジラの言語とかね。クジラの言語って実は大したもんじゃないと、今では分かっている。言語学の知識は田中克彦レベルだったと思う。あとこないだイヴリン・ウォーの『ラヴド・ワン』の翻訳の解説読んでいて、自分は何でも知っているって身振りが鼻につくんだよね。
 まあ酒癖が悪かったわけだが、それはだいぶ災いしたと言える。