自称気違い

 あれは2009年3月27日のことである。ミクシィのコミュ「禁煙ファシズムと戦う」で、初めての会合というのを、神保町の「人魚の嘆き」でやったのである。店にいた松本彩子さんが場所について示唆してくれたからである。
 夕方からで、私を含めて七人くらいが集まったが、中に「レタス」とか名乗る、当時五十くらいのおっさんがいた。この人は「変名の名刺」をくれたのだが、言うことが変で、自分は躁鬱病で、ほどなく失明すると言い、「私は気違いのメクラです」とか言うのである。何でも大阪から来たとかで、高校は筒井康隆の後輩だと言って、やたらと筒井を崇拝しているようであった。
 ほかの人たちはまともだったのだが、この人だけは変で、「支那」がどうとか、いわゆる「右翼的」なことを口にするので、そのたびにほかの人が微かに退いていた。私は一か月くらいたってから、あれは「禁煙ファシズムと戦う」ということで集まったものなので、政治的にはいろんな意見の人がいるから、ああいう発言はやめてほしい、とメッセージを送った。その時は、納得したという返事が来た。
 ツイッターを始めたのはその年の暮れだったと思うが、2010年5月末ころ、私が、筒井康隆朝日新聞の連載で全然タバコのことを書かない、あれは朝日と、そういうことは書かないという約束でもしたんじゃないか、と書いたら、突然ツイッターで罵詈雑言を浴びせてからんできたやつがいて、それがこのレタス氏だったのである。と同時に、どういうわけかレタス氏の夫人のブログがあって、夫が小谷野さんにからんでいる、と書いてあった。私はコメント欄に、メルアドを入れて、苦情を言ったら、夫人から直接メールが来て、今は躁状態のようですとあり、そこには住所と名前も書かれていた。私は怒りやまずさらに、ああいうことをされると法的手段に出るしかない、と言ったら、しょうがないですね、訴えてください、と実名を教えてきた。
 しかしまさかその程度で一私人を訴えてもしょうがないし、だいたい禁煙ファシズムと戦う会の内紛と観られたら嫌だから、ツイッターのほうはブロックし、放置しておいた。
 ところが数日前、ミクシィの日記で、私の名前を出しつつ、井上章一さんの『美人論』を絶賛して、「神保町でオフ会があった時、芥川賞落選作家の小谷野敦が、『美人論』を書くと言っていたから、美人論なら先達に井上章一がいますね、と言ったらものすごく嫌な顔をしていた」と書いてあり、これが「レタス」だった。
あの時は、『美人好きは罪悪か』の刊行準備をしていて、その話をしたのだろうが、レタスが、美人論なら井上章一のがあって、あれは素晴らしい、あれを超えることはできない、とか、まるで私が知らないかのように言うから、嫌な顔もしたのである。というか、あの時のレタスの発言にはしょっちゅう嫌な顔をしていた、と言うべきであろう。
 まったく、どこに災難が転がっているか分かったものじゃない。レタスは、茨木市中条町に住む、濱田という奴である。
 (小谷野敦