今月の国立劇場 

 禁煙ファシズム以降、いったんは外の長椅子で喫煙できたのに、今やそこも禁煙となり、喫煙者は片隅へ追いやられているから行かないことにしている国立劇場だが、馬琴の『開巻驚喜侠客伝』が原作の、ほぼ新作だというので行ってきた。
 『侠客伝』は岩波の新大系に入っていて、出た時に朝日新聞で紹介した際、「初の翻刻」と書いてしまったのだがこれは間違いで幸田露伴のものがあった。今ならNDL-OPACがあるからそんな間違いは犯さないところだ。これには、楠木氏の末裔である姑摩姫という魔法使いの少女が出てきて、ほとんどヒロイン、つまり魔法少女ものである。敵は足利義満で、谷崎も「吉野葛」の冒頭でちょっと触れているが、読んではいないと言っている。後南朝の物語である。これを、近世の特異な劇化を参考にして国立劇場文藝部が作成した台本である。
 今回、座頭は菊五郎で、菊之助尾上右近、松也、松緑といった音羽屋と、時蔵、梅枝の萬屋、彦三郎、権十郎田之助團蔵である。私は、申込みルートのせいで一階の席しかとれなかったが、二階、三階のうしろのほうはあいていた。序幕は田之助足利義満が栄華を誇る。続いて新田貞方(松緑)が藤白安同(権十郎)に殺される場面が、真っ暗な中に二人の顔だけ浮かび上がる趣向で示される。さらに、主人公ともいうべき貞方の子小六(松緑)が、若党の野上復市(梅枝)とともに安同を暗殺、善心をもつらしい安同の妻長総(時蔵)が、なぜか家臣の小夜二郎(菊之助)とともに出奔する。
 二幕目が見せどころで、吉野山中で仙女の九六媛(菊五郎)が姑摩姫(菊之助)に空中飛行の術を教える。上手を菊五郎が白狼に乗っての宙乗り、下手花道上を菊之助が、くるくる回りながらの宙乗りで引っ込む。猿之助の時は、何かの法律で、花道の上でなければ飛んではいけないことになっていたのだが、今回は客の上を飛んでいた気がする。
 実は序幕で誰も声をかけないから、この時私は三階へ上がって一人で声をかけていた。しかし、菊五郎が良くない。全然仙女に聞こえない。
 これからあと、世話場になるのだがこの脚本がひどい。菊五郎は盗賊になって、小夜之助と長総が出来かけているところ、小夜之助を殺してしまうのだが、長総はいきなり盗賊にしなだれかかり、その後どうやら菊五郎は戻りで小六の父親だと分かるらしいのだが、アホらしくなって帰ってきた。
 結局、原作のヒロインたる姑摩姫はほとんど登場せず、菊五郎の世話場が中心になって、しかもひどい脚本。原作にあることもあるが、こんな盗賊中心ではない。要するに歴史ものが苦手な菊五郎にはめて書いたからこんなことになったのだ。
 同じ原作でも、猿之助ならこんなことにはしないのだが…。

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あと参ったのはごみ箱がないことである。サリン事件以後、駅から「テロ防止のため」と称してごみ箱が消えたが、ごみ箱なんかなくたってテロはできるのだから絶対経費削減だと思ったのだが、密かにごみ処理経費削減が行われている。ということはごみ処理をしていた人が失職している、雇用が減っているということである。いかに。