シントトのはなし

 新渡戸稲造全集を、図書館員が「シントト全集」と言ったという、『の・ようなもの』か、というような話が出ているというので、品川力『古書巡礼』(青英舎、1982)を図書館で借りた。品川という人は1904年生まれだからもう死んでいるだろう。
 この人は図書館員らしいが(オタどんによると古本屋だそうだ)、学歴がないという。で、その「シントトのはなし」(『創文』1970年9月)を読み始めると、こんな文章がある。山崎安雄『春陽堂物語』が出るというのでゲラを見せてもらった。

 ゲラをめくっていると島崎藤村の章に「大正二年四月、フランスへ外遊に旅だつ際」云々の文章が眼についたので、「『外遊』だけは余計だから取ったらどうですか」と話した。すると怪訝な顔で、「外遊」があっても少しもオカしくないですねと、二、三度繰り返すので「では、そのまま載せるにしても、その前に社長に相談することですね」と、話を打ち切った。
 私はこのゲラを英文学関係の刊行で有名な出版社の、若い編集員二人に、「この二行の文章でヘンなところはありませんか」と、差し出した。
 二人は幾度となく読んでいたが、別にヘンなところはないと言った。
 (略、現物が届いて)
 指摘した個所はどうかと、開いてみると、「フランスへ旅だつ際」となり、「外遊」がはずされていたのに、ホッと胸をなでおろした。

 この後、学術書の編集に加わってくれと言われ、学歴のない自分がと辞退したがムリやり引きいれられ、すると大学教授が意外な珍文を書くのに出くわしたといった文章が続く。
 私は、暗い気分になった。「外遊」でなぜいけないのか分からないし、徹頭徹尾、その理由を説明しようとしない著者の姿勢に、すさまじいまでの精神の歪みを感じたからである。言葉の間違いの指摘は楽しい。呉智英さんのも高島俊男先生のも楽しいが、これは悲しい。