雑賀忠義

 山田風太郎の『同日同刻』(文春文庫)は、太平洋戦争開始の日と無条件降伏の玉音放送の時の人々の記録を集めたものだ。私がこれを読んだのは金井美恵子先生が推薦していたから。
 その中に、開戦の時、広島高校教授、英文学者の雑賀忠義が廊下へ飛び出してきて頓狂な声で「万歳!」と叫んだ、と、林勉の文章から引かれている(『学徒出陣の記録』中央公論社)。この雑賀が、敗戦後、「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」という碑文を選び揮毫した人物なのだが、意外に知られていないようだ。もっとも、真珠湾攻撃成功の際には、多くの日本人が快哉を叫んだのだから、一概に雑賀を責められまい。
 そういえば私が大学へ入った時も、「過ちは日本人が犯したのか」とか、「全ての人類が原水爆の被害者なのだ」とか議論していたっけ。しかし核廃絶運動って今ひとつ分からんのだ。通常兵器ならいいのか? という素朴な疑問があるわけで、別にヴェトナムで核が使われたわけじゃないし。まあ実際問題、イランなどに持たれたらたまらんが。
 (小谷野敦