林達夫の剽窃冤罪

 都筑道夫の『黄色い部屋はいかに改装されたか』(晶文社、1975)に、わりと唐突に、林達夫剽窃を示唆するみたいなことが書いてある。118pに「私の友人が平凡社の『林達夫著作集』のなかに、妙なところを見つけて、首をひねっていました」とあり、『著作集』第四巻の「『昆虫記』と『動物記』」という文章の一部が、「先ごろ話題になったバージェン・エヴァンズ『ナンセンスの博物誌』のなかの「動物の人間学的考察」という章の一部分とそっくりだ、と、二か所のページ数を細かく述べている。
 見ると確かに似てはいる。ところが、林の文章の初出は1952年の『東京タイムス』で、エヴァンズの本は1961年に原田敬一訳で毎日新聞社から出て、71年に完全版が大和書房から出たもの、原著は1958年である。これで林が剽窃したみたいに言うのはおかしいのである。
 なお当該箇所は、林のほうで引くと「動物学はかつては世界のどの地においても倫理学の侍女であった。・・・・」および「豹は龍のほかのあらゆる生きものに対して親愛の情を示す優しい生物」で「キリストをかたどっている」とある。ところが後者の豹のくだりは、中世において広く読まれた「フィジオログス」からの引用で、林は『フィジオログス』、エヴァンズの訳本は『生理学』としている。同じ本からの引用が似ているのは当たり前である。
 都筑の本は、2012年にフリースタイルから増補版が出ているので、ここは削られたかなと思って見たら、ちゃんとそのまま載っていた。平凡社の人は気づかなかったのか、気付いても無視したのであろうか。
小谷野敦