『梅原猛著作集 13 万葉を考える』(集英社、1982)は、『水底の歌』その後といった感じの文集だが、ここには益田勝美への反論も載っている。で、巻末の著者による解説を見ると、「(益田の批判は)著者の期待に反して、残念ながら『水底の歌』を真面目に読んだ上でのものでもなく、挙(ママ)げ足取り的な論評に終始し、しかも根本的なところで誤謬を含むものであった」とし、益田のさらなる反論については「著者の論の根底を揺がすものではなく、論争は生まれなかった」としている。
 『水底の歌』の論は、益田の第一撃で根底から崩れているのである。梅原は、柿本人麿は『続日本紀』に出る柿本猿と同一人物だとし、「猿卒ス」と書かれているから官位の高い人物だとし、人麿は刑を受けて「猿」という賤しい名前に変えられたのだとした。だが、それならなぜ死んだ時に「猿」のままで書かれているのか、と益田が指摘して、もう終わったのである。「根本的なところで誤謬」とは何かと思ったが、益田が「出雲流罪説はなりたたない」と「石見」を「出雲」と書き間違えたところで、全然根本的ではないのである。