「暗夜行路」のヤギ

 私は志賀直哉が苦手なのだが、世間には志賀を私小説作家だと思っている人がいて、これは蓮實重彦のせいなのだが、そこから話を訂正しなければならないのも嫌である。むしろ『暗夜行路』が一番いやで、あれは最初の四分の一だけが私小説なだけである。

 ものすごい裕福な家の長男っぽくて男性中心的なのに、どういうわけか女の志賀好きというのもいるからタチが悪い。

 『暗夜行路』には、時任謙作が飼っているヤギに「ヤイ馬鹿」「馬鹿馬鹿」という場面があって、私はこれが理解できなくて困った。私はヤギを飼ったことはもちろんないが、犬や猫を飼っていたって、いきなり、何もしていない相手に「ヤイ馬鹿」ってことはないだろうし、その口調も分からない。鶴田欣也先生が口まねをしてくれたのでどういう口調か初めて分かったのだが、口調すら分からなかった。愛情表現だともいうのだが私には愛情表現として「馬鹿」というという感覚が分からない。エドウィン・マクレランには分かったのだろうか。