腐った鯨と「ちりとてちん」

吉村昭の『北天の星』は、レザノフが長崎で日本との通商を断られたあと、自分はアメリカ大陸へ渡り、部下のフヴォストフとダヴィドフに、腹いせのため日本の北海を荒らすよう命じた際、択捉島でロシヤ人に連れ去られた中川五郎治を主人公にしている。のち五郎治は、仲間の左兵衛とともに日本へ向けて逃亡するのだが、途中、樺太の対岸で雪の中で道に迷い、ギリヤーク人の家に入れてもらうと、鯨の肉を煮ていたが、それはかなり激しく腐っていた。五郎治は一口食べて、食べるのをやめ、左兵衛にも、食うなと言うのだが、空腹に耐えかねた左兵衛はたくさん食ってしまう。左兵衛とギリヤーク人は、そのあと激しく嘔吐を始め、死んでしまうのである。腐った肉を食うと死ぬこともあるのかと思ったが、私は「酢豆腐」とか「ちりとてちん」のことを思い出した。「ちりとてちん」のほうが、腐ってからかなりたっているのでやばい感じがするのだが、あれは食ったら死ぬんじゃないか、と思うからで、もし死んだら、食わせた連中は殺人罪である。あれは「決してまねをしないでください」とテロップを入れるべき落語じゃないかという気がする。