梶よう子の直木賞候補作『ヨイ豊』を読んだ。この題名は、主人公の一人、清太郎が、明治になって四代目歌川豊国を襲名するが、明治12年ころ、脳卒中か何かで右腕が動かなくなり、「ヨイヨイの豊国」と呼ばれたというところから来ているが、これが史実かどうかは知らない。
だが気になるところがあって、清太郎が三代国政を名のった時、蔦屋吉蔵に連れられて晩年の馬琴を訪ねるところがある。『八犬伝』をもとにした役者絵五十枚の許しを得るためである。ところが蔦吉は、国貞を襲名しなければこれは出せないと言い、笠亭仙果と三代豊国の『雪梅芳譚犬の草紙』を出す。だがこの『犬の草紙』は、馬琴には無断で出したもので、馬琴は不快をあらわしている。
http://www.ne.jp/asahi/kato/yoshio/ukiyoeyougo/tu-yougo/yougo-tutayakitizou.html
そうなると、なんで蔦吉が国政を連れて馬琴のところへ行った(これはフィクション)のかまったく分からないのである。
あと気になったのは、
p35「遊女」そういう表現はまあしない。「女郎」であろう。
p60「偐紫田舎源氏」が大御所家斉を風刺したもの、とあるが、そういう理由で咎められただけであって、実際はそうではない。
p270「花街」に「はなまち」とルビがあるがこれは「かがい」、ルビを振るなら「さと」「くるわ」などがよい。
あと幕末期に「天子さま」と言っているが、この言い方は明治期に始まったものじゃあるまいか。
また『水滸伝』を「清国の小説」としているが、明代の作なのでおかしい。シナと書きたくなかったのだろうが、これは「唐土(もろこし)」としておけばいい。
(小谷野敦)