川西政明『新・日本文壇史』第一巻
第二章 恋敵、久米正雄と松岡譲
・漱石が死んだ時、久米と芥川だけが呼ばれた
→危篤になった時点で久米、芥川、松岡、菊池は駆け付けている。夏目家ではわざわざ呼んだりしていない。菊池は漱石には一度会っただけで師事していない。
・久米は母を郷里に置いていた
→久米の母は兄哲夫が函館勤務だったのでこの時は函館。
・職業的な婦人以外に女性と口を利いたことがなかった久米や松岡
→久米は中条百合子と恋愛関係にあった。
・炬燵の中で筆子が久米の手を握った
→筆子は否定している(むろんそれを信じないのは川西の判断である)
・「手品師」で久米と山本有三が絶交
→それ以前に木下八百子をめぐって軋轢があり絶縁していた。
・松岡が東大東洋哲学専修を卒業
→単なる哲学科。「プラグマチズム」で何で東洋哲学か。
・「和霊」で久米は松岡の死を祈った
→どこをどう読めばそんなことが書けるのか。祈ろうかと思ったができなかったとちゃんと書いてあるではないか。
・土屋文明が松岡の一高時代の友人
→それなら久米も友人であり、久米が郷里へ帰る時に宴を開いた際文明もいた。
一章だけでこれだけアラが出る。全体に典拠不詳。
(小谷野敦)