酒癖の悪いやつ

 私は酒癖の悪いやつにはたびたびやな目に遭わされている。
 1999年3月頃のことだ。私は、前の年から、阪大生協書籍部が発行している小冊子に、頼まれてエッセイを連載していた。阪大を辞めるので、それも終わりということになり、一度生協の集まりに来てください、と言われて行ったのである。当時、生協書籍部の部長は、Yさんという三十代くらいの女性で、しばしば言葉を交わしており、ちょっと美人で魅力的な人で、知り合ったのがちょうど辞める前の年で、だんだん親しくなっていたので、ちょっと惜しいなと思った。向こうでも、私が辞めると聞いて「なんだ、これから面白くなりそうだったのに」と言っていた。東京へ戻ってから、お勧めビデオを送ったりしていた。
 話を戻そう。その集まりに、生協の理事とかいうおっさんが現れた。ほか、Yさんと、生協の仕事を手伝っている大学院生の男女が数名だった。石橋の飲み屋へ行ってもろもろ話していると、このおっさんが悪酔いし始めて、隣に座っていた女子学生に、「おれあんたとセックスしたい」などと言いだした。もう、それだけで私は内心激怒していた。他の学生連も、これはまずいと思ったようで、何とか冗談にしてごまかそうとしたが、おっさんの悪酔いは止まらなかった。ところでこの時、私の右隣に、後に阪大の助手になり、今ではどこかの大学に勤めている吉野太郎という男がいた。こいつはその後、阪大のフェミニストサークル、女性問題研究会の会長になって、私とさまざま揉めたのだが、その際、吉野と電話で話して、ああいう発言こそセクハラだろう、と言ったら「私はあの女性に謝ってほしかったですね」などと言っていたが、それならその場で糾弾すべきだろう。もし、「あの当時はまだ若くて、その場で発言できませんでした」というならいいが、そういう言葉もなかった。卑怯な男である。
 さて、そのおっさん、矛先を私に向けて「『もてない男』だけどねえ」と、当時ちょうど売れていた本の話を始めて「小谷野さんは苦労が足りない」などと言いだした。いったい初対面の人間にこんなことを言われる何の筋合いがあろうか。今の私なら怒鳴りつけるところだが、当時はまだ度胸がなかった。どうもこのおっさん、私と同じ部局のNという教授に嫌な思いをさせられたことがあって教員に恨みがあるようだが、それは私ではないのだから、筋違いである。他の人たちは、話を逸らそうとするのだが、おっさんはやめず、とうとうYさんが「やめなさい!」と叱声を発した。私は、こういう時は帰ることにしているので「帰ります」と言って帰った。後でYさんから、「××(名前を忘れている)が謝りたいと申しております」と言うので、「死んでしまえ! と伝えてください」と言ったが、私はむしろ「あんたとセックスしたい」の方に怒っていたのだ。だいたい、したいならしたいで別途口説けばいいのである。酒の勢いを借りて人中で冗談まぎれ(のつもり)でしかそういうことの言えない奴が、私は大嫌いである。