医学博士・小倉千加子

 小倉千加子にいつしか「医学博士」の肩書がついていたのに私は気づかなかったのだが、調べてみると1995年、神戸大学から授与されている。まあ医師を開業できるわけでもないし、もはや博士号など紙きれに過ぎないが、題目は「空間恐怖の精神病理に関する一考察 -ジェンダー論的空間分離モデルの試み」である。国会図書館で見てこようかと思ったが、暇があったらということになろう。
 『セクシュアリティの心理学』など、とうてい医学博士が書いた本とは思われなかったが、むろんそういう本を書く医学博士などほかにいくらもいる。
 どうも近年、臨床心理士やカウンセラーになって人を癒したいとか助けたいとか言う若者が多いようだ。ドラマのような劇的な解決を夢想していることは容易に想像できる。それにしても、では現実のハードアカデミズムとしての心理学がいかなるものか世間に知れたら、それは「市場価値」を失うのではないかと私は思う。「心理学をやりたい」などと言う学生がいたり、大学が「人間科学部」を新設して心理学や社会学の講座を設置できるのも、彼らの勘違いのおかげかもしれないではないか(婉曲表現)。
 それを言えば、文学や歴史も同じかもしれない。小林秀雄柄谷行人を「文学研究」だと勘違いし、網野善彦の後期の作品を「歴史研究」だと勘違いするような人がいるから、これらの学科はまだ救われているのであって、そのハードアカデミズムの根幹が知れたとき、もはや文学研究者や歴史研究者は、そこから生活の資を得ることはできなくなるかもしれない。徳川時代と同じように。