「ポゼッション」(1981)ズラウスキー  中央公論2015年10月

 前衛映画というのがあるが、私は一般的には苦手である。『去年マリエン
バートで』なんかまったく意味不明だし、ゴダールでさえだいたいはダメで
ある。コーエン兄弟もダメ。しかるに、前衛風でそこにエロティシズムとか
奇妙な味わいがあるといいのである。キム・ギドクもそうだが、アンジェイ
・ズラウスキーなど好きなほうで、一つあげるなら『ポゼッション』になる。
 主演のイザベル・アジャーニはとにかく絶世の美女で、カトリーヌ・ドヌ
ーヴやシャーロット・ランプリングなんかどこがいいのか分からない。だが
アジャーニは『アデルの恋の物語』でヴィクトル・ユゴーの娘を演じてから
、どうも狂気の女を演じることが多くなった。
 『ポゼッション』では、人妻のアジャーニがおかしな行動をとるので夫が
私立探偵を雇って浮気をしていないか調べさせるが、妻の行動は異常の度を
増していき、探偵は姿を消し、妻がしばしば訪れるビルの一室には、どうや
ら「エイリアン」みたいな怪物が住んでいるらしい、というもので、一応筋
はあって、それほど前衛ではなく、むしろサイコ・ホラーめいている。
 中で強烈な印象を残すのが、アジャーニが地下道で、「ムニュムニュ、ム
ニュムニュ」と体をよじりながら言い続けるシーンである。最近は映画のセ
ックスシーンというのが、珍しくもないし工夫が足りなくて面白くない。そ
の昔、根岸吉太郎の『遠雷』で、ビニールハウスの中でセックスしていたの
なんかは、ちゃんと工夫があった。アジャーニのこの「ムニュムニュ」は、
生半可なセックスシーンより淫靡である。
 しかし、昭和初年に川端康成らの脚本で衣笠貞之助が撮った「狂った一頁」
も狂気を扱った映画で、映画というのは狂気を扱うのが好きなのかもしれな
い。ズラウスキーには「狂気の愛」というそのものずばりの邦題がついたも
のがあり、こちらはソフィー・マルソーなのだが、私はこの女優も好きで、
ズラウスキーとは相性がいいらしい。