上林暁の怨念

 「あなたはなぜ戦えるの、守るべき人もないというのに!」
 とかララァ・スンが言ったりすると、守るべきものは自分だよオラ、自分を守るために闘っちゃいけないのかよオラ、とか言いたくなる。別にララァに限らないのだが、戦闘アニメ・特撮の主題歌にはなんでああ「君を守るために」とかいうセリフが多いのであろうか。自分のため、じゃいかんのかい。 

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上林暁私小説作家である。1980年、私が高校三年の時に死んだ。手帖に「上林暁死去」と書いておいたら、見た同級生が「誰?」と言ったのを覚えている。
 没後発見された「Y・Y氏」に関する原稿が、全集19巻に入っている。これは山本有三が死んだ時に書かれたものらしく、全編イニシャルであるが、誰かはすぐ分かる。恨み骨髄に徹しているというので、何せ、久米正雄を陥れる贋手紙を書いた偽善者山本有三であるから、さてさて何をされたのか、と思って興味津々で読んでいき、拍子抜けした。
 上林は本名徳広厳城といって改造社の編集者だったのだが、1927年に初めて山本に会い、親しくなったつもりでその後たびたび自宅へ通ったが原稿が貰えず、居留守を使われ、いっぺん通された時は弟子の高橋健二(独文学者、これは大した人ではないのにのちペンクラブ会長になる)がいて、「改造社の編集長の徳田さん」と紹介されたという。編集長ではないし、名前も間違われたというわけ。しかも原稿は貰えず、のちに原稿は改造社社長秘書の女に手渡されて、その女の手柄になってしまった、というのが、恨みの原因らしい。
 そんな「恨み骨髄」というほどのことか。編集者でもなく、原稿を貰うと手柄になるような大作家でもない私には、ちょっと見当がつかないのである。