1975年にNHKで『真田十勇士』をやっていた時、前番組の『新八犬伝』が尻上がりに人気があったので、関連書籍がいくつも出た。漫画とか。私は柴田錬三郎が書き下ろしている原作本を買っていたのだが、これがなかなか次の巻が出ず、とうとう、当初は全六冊の予定だったのが(なお私は全六巻、というのはハードカヴァーにのみ使う。ペーパーバックだったから、冊)全五冊で終わってしまった。
 情報の乏しい時代なので、書店へ行って、出てないかと探すことが多かった。越谷の南のほうにある蒲生という小さい町の、わりあい品揃えのいい書店があり、そこへ行って、ある時店員に訊いた。男の店員は、ひかりのくにから出ている漫画などをさして、「この手?」と言う。いや、それじゃない。別のをさして「この手?」と言う。のち私は、自分が探してなかったらない、と思うにいたるのだが、この「この手」という表現は、それ以外には聞いたことがない。
小谷野敦