冷淡な傍観者

 先日、特急サンダーバード内での強姦事件について柳田邦男を批判して、フランスで起きた暴行の傍観事件を紹介したが、これは狂言だったとあとで分かったと指摘を受けて消した。
 しかし、複数の人から教えられて少し調べたら、この種の傍観事件というのはいくつもあるようで、1964年には、キティ・ジェノヴィーズ事件というのがあり、午前三時に、変質者に殺されたキティという女の悲鳴を近隣の三十八人の住人が聞いていながら誰も助けなかったというものだ。これについては、Rosenthal, A. M. (Abraham Michael), (1922- )Thirty-eight Witnesses : the Kitty Genovese Case
という、ニューヨーク・タイムズ記者によるルポがあるのだが、邦訳はないし、国内の大学図書館でも四つしか見つからない。
 さらに、『冷淡な傍観者−−思いやりの社会心理学』(ビブ・ラタネ,ジョン・ダーリー、竹村研一,杉崎和子訳、ブレーン出版、1977、原著は1970年)という研究書があって、こういう場合、他の誰かが助けるだろう、と葛藤しつつも思い、人数が多ければ多いほど、自分から助けに向かう人が少なくなるという結果が出ている。なおこの「竹村研一」は「竹村健一」ではない。社会心理学の教科書によく出てくるというから、知っている人は多そうなのに、どうして新聞はそういうことをちゃんと報道しないのであろうか。まあ、記者が知らないからだろうが・・・。
 『オルレアンのうわさ』みたいな、みすず書房から出ていて、有名な学者が紹介したりした本だとずいぶん知れ渡るのに(しかし実際は最初の30ページくらい読めば中身は分かってしまう)、どうも知識というのはうまく伝わらないものである。