江藤淳と「抜刀隊」

松浦寿輝の『明治の表象空間』に、江藤淳が『南洲残影』で、軍歌「抜刀隊」を、西郷軍側の歌だと勘違いしている、と書いている。しかしこれは事実ではない。単行本8p「警視庁抜刀隊に志願する者も出なかった」とあり、38pでは「薩軍は、兵卒にいたるまで全員が日本刀を持っていた。所謂抜刀隊がこれにほかならない。官軍は、最もこの抜刀隊に悩まされたのである」とあるあたりは完全に間違っている。

 だが「抜刀隊」と題された章では、外山正一が作詞しシャルル・ルルーが作曲した「抜刀隊」の歌詞を掲げ、

 吾は官軍吾が敵は天地入れざる朝敵の

 敵の大将たる者は古今無双の英雄で

 という、まるで西郷を称賛するみたいな歌詞について書かれているので、江藤が勘違いしたと見えなくもないが、「吾は官軍」を誤読するはずはないので、江藤がこの連載をしている際にふと頭脳が勘違いをしたことがあったとしても、勘違いしたまま、ということはない。

小谷野敦