志賀直哉と北條民雄

高山文彦の『火花ー北條民雄の生涯』には、こんなエピソードが書いてある。川端康成が、北條から送ってきた原稿を読んでいると、訪ねて来た志賀直哉が「それは何だい」と訊き、ハンセン病患者のものだと知ると震えあがって逃げて帰ったというのだ。

 だが、この逸話は出典が分からない。それに、志賀は川端より十三歳年長の大先輩で、ふらりと川端を訪ねたりはしない。志賀は、北條の作品が載った雑誌ですら忌避したと言われているが、あるいはこれは高山がそれをもとに作った創作ではないのか、と思う。

小谷野敦

古谷田奈月へ

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古谷田 

 そうなんです。生きていけないんです。今回、元号が変わるとなったときに感じたことですが、私の周囲に多くいるリベラルな人たちは基本的に天皇制に反対で、元号が変わるからなんなの、昭和だの平成だのっていう時間の捉え方は意味ないから西暦だけでいいというスタンスでした。その考えは本当によくわかるんだけど、今回この作品を書きながら色々と調べているうちに、そうではない時間の中に生きている人たちも大勢いるんだと実感しました。それはたとえば明治一五〇年とか言いたがる人がいるとかそういうことではなく、皇室という存在を身近に感じて生きている人がいるということ。天皇制は人権問題で元号は無意味、そう割り切れるのはたまたまそういう価値観でいられる環境に生まれたからにすぎない。天皇という存在が必要な人、元号という時間の区切りを大切にしている人というのは実際にいるし、そういう人は自分が特別な思想を持っているなんて思ってない、ごく自然にそうなんです。長く続いてきたものの中にはそこに関わってきた人たちの日常と、それからもちろん心が残っているのに、そういうところに配慮しながら制度批判できているのか疑問です。本当に変化が必要だと思うのなら、自分と異なる環境に生まれ、異なる価値観を持っている人を尊重した言動で議論してほしいし、相手にとって「ある」ものを「ない」と切り捨てるのはやめてほしい。自分が正しいと信じ込んで極端な物言いになるのは、右派にも左派にも共通する問題だと思います。

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 古谷田奈月という人は、そのうち楯の会でも結成するんじゃないかという感じがするのだが、なんでこう圧迫的な物言いをするのであろうか。それなら右翼知識人が、「身分制度だがいいのか」とか「戦後生まれなのになんで天皇好きなのか」とかを説明してくれればいいのである。

小谷野敦

綿野恵太氏の本

綿野恵太氏とは、五月に天皇制をめぐってトークイベントをやったのだが、初の単著が出るということで、天皇制批判が書いてあると売れないよ、などと言っていたのが、蓋をあけてみたら売れているので少し驚きやや焦っている。

 まあ在日朝鮮人問題とかヘイトスピーチとかを、グローバルな政治思想の面から解説した、けっこうアカデミックで、難しい本とも言える。

 アイデンティティとシティズンシップというのがキー概念なのだが、シティズンというのは「市民権」の有無とは関係ないらしい。

 だいたいアメリカと日本の対比で論じられていくのだが、米国の黒人差別などは、米国籍を持っている者を人種で差別するな、という運動なのだが、日本の場合は、かつてサンフランシスコ講和条約の時に日本国籍を剥奪され、今も帰化せずにいる「日本国民」ではない人たちをめぐる問題なので、実はズレているのだが、綿野氏はそのズレを顕在化させないように書いていて、見ていてハラハラする。

 最後に、日本国憲法制定の際の「人民」(people)が「国民」(nation)と保守派によって誤訳された、というところに、その苦衷が見える。「日本人民」というのは当時日本にいた朝鮮人や中国人を含むというのだが、「日本人民」なんて言葉はあるんだろうか。

小谷野敦

馬楽聞き書き

五代目蝶花楼馬楽聞き書き『馬楽が生きる』(創樹社、1986)を読んでいる。ウィキペディアでは六代目となっている、五代目小さんの兄弟子である。

 聞き手は「遠藤智子、加藤貴子」とあり、いずれも1958年生まれだから、26歳くらいの二人の女性が日曜日ごとに馬楽宅に通ったようである。二人は内弟子として、加藤が蝶花楼小菊、遠藤が蝶花楼ぼたんの名をもらったという。

 馬楽の俳句が載っている。

 晒し井戸千早の死骸上がりけり

馬づら娼婦

 落語の中で、馬づらの娼婦の悪口を言うのがある。複数の廓噺に出てくるが、これが不思議である。「その女の顔の長えのなんのって。上のほう見て真中見て下のほう見てるうちに真中忘れちゃう」と言うのだが、それを言うなら「上のほう忘れちゃう」ではないのか。