間宮茂輔の「広津和郎」

間宮茂輔(1899-1975)というのは、プロレタリア作家で、戦後も左翼作家として活動したようだが、よくは知らない。広津和郎とも親しかったようで、1969年に最後の著作として『広津和郎』(理論社)を出しているが、娘の広津桃子の『石蕗の花』に、これを読んで間違いが多いことに困惑した上、広津の兄が戦争中の熱海空襲の時、全裸になって外へ飛び出して凍死したと書いてあるのを見て驚き怒ったということが書いてある。桃子によればこの伯父は脳に異常を来して敗戦後二年目に病院で死んだということである。

 桃子が当時存命だった志賀直哉にこの話をすると、騒ぎ立てないほうがいい、特に間宮にとって糧道を断つということはしてはいけないと言ったという。

 もっとも、広津の『続・年月のあしおと』に出てくる、広津の愛人で、広津につきまとって困らせた「X子」の実名を「秋月伊里子」と書いているのは、本当なんだろうか。