宮崎哲弥「100万回生きたねこ」のナゾをとく」アマゾンレビュー

「私は縁なき衆生である」3点

私は大学生の時「児童文学を読む会」に所属していて、のち進学する英文科の二年上

だった女性の憧れの先輩に勧められてこの絵本(佐野洋子「100万回生きたねこ」)を

読んだのだが、何かいかにもロマンティックな話だなと思い、あまり感心せず、のち

にこれは、本当の愛というイデオロギーへ人を導く本だと批判した。その後、北村薫

さんも、これを批判していた(「中野のお父さんは謎を解くか」)。北村さんの文章はここで引用されている。

 一方宮崎哲弥とは、同い年ということもあり、20年くらい前に宮崎は盛んに仏教的

に私を「折伏」しようとし、私も一時は宮崎を一種尊敬したりしたが、いくら仏教を

教えられても私は死ぬのが怖かった。当時宮崎は自著の最後に、おーなり由子のマンガに触れたりして、伴侶がいれば死ぬのがこわくないという場面を讃嘆したりしていたが、私には分からなかった。そして「宗教に関心がなければいけないのか」という本

を出した時、宮崎にも送ったらお礼のメールが来て、以後音信は途絶えた。さてこれ

は当然「輪廻転生」の話になるだろうと思ったが、結局私の感想は読み終えて変わら

なかった。売れる本の書ける佐野洋子や宮崎が羨ましいなあ、自分も売れる本が書き

たいなあ、というような我執にとらわれているのであった。まったく縁なき衆生は救

いがたしである。

 ところで宮崎の読解だが、ブッダが「愛する相手に会ってはならない」と言った愛着の対象に出会ったために輪廻転生を絶つという、仏教の教えとは逆の結末になっていて、そこはごまかしている。やはり世間一般の解釈が正しいだろう。

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