坪内祐三『変死するアメリカ作家たち』アマゾンレビュー

本書は、2007年に白水社から出ている。だが、書き始めたのは1993年だという。90年に32歳で「東京人」を辞めた坪内は、知り合いだった西堂行人という演劇評論家で、未来社社長の西谷能英の弟だった人から、『未来』に何か書かないかと誘われ、もともとアメリカ文学専攻だった坪内は、1920-30年代の「ロストジェネレーション」のアメリカ作家のうち、変死した作家、しかしフィッツジェラルドヘミングウェイのような有名どころではなく、日本では無名に近い作家たちのことを書き始めた。最初がデルモア・シュワルツ、次がハリー・クロスビー、そしてナサニエル・ウェストだが、このうち日本でも少しは知られているのはウェストくらいか。そのまま放置され、坪内は「明治の文学」の編集をし、『靖国』を書く。ここで坪内は、90年代の自分は無名だったから、こんな無名の作家たちを書いた本は出して貰えないだろうと思った、と最後の章で書いている(面倒なことだがこの本は「あとがき」がなく、今引いた部分は最後の章の最初のほうに書いてある)。だが、それは大きな間違いである。無名なアメリカの作家たちを書いた本は、有名な著者が書いてもこの本のように売れないのである。それは大学でアメリカ文学を教える人が大学紀要に書いて、金星堂のような教科書出版社から、教科書を採用した見返りとして出して貰うくらいしかないのだ。2007年といえば坪内は50歳だが、それでもその程度のことが分からなかったのか。そしてその坪内自身は、たくさんの連載を抱える売れっ子文筆家ではあったが、酒のために変死することになる。
 この本は、そういうマイナー作家の伝記紹介にしかなっておらず、ナセニエル・ウェストがアメリカでは没後評価が高まったのに日本ではちっとも人気が出ない。それはなぜかということを考えなければ日本で出す本として意味がないのに、坪内はそれをしていない。また、のちに日本近代文学の人だと思われるようになった坪内が、なんでこういうアメリカ作家に入れ込んでいたのかというのも謎である。それは江藤淳が最初にアメリカに行った時、まだアメリカ文学を研究するつもりだったということへの驚きに通底している。

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