私は谷崎潤一郎が「大谷崎」と呼ばれるのは、三島由紀夫や小林秀雄が勘違いした「偉大だから」「おおたにざき」なのではなく、弟の精二も作家だから「大谷崎(だいたにざき)」「小谷崎(しょうたにざき)」なのだと言ってきたが、疑念を差し挟む人がいるのでいくつか証拠を加えておく。
これは『アカツキ』という雑誌の1936年2月号に、三原丘二という人が書いた「大小の弁」で、精二が「小谷崎」だと書いて、「大西郷」というのは本来弟の従道との区別だったのが「偉大なる西郷隆盛」と間違われたのと同じだと書いている。
また水守亀之助の「わが文壇紀行」では、精二を「中谷崎」とし、末弟の終平を「小谷崎」としている。
もちろん、発端が何であれ結果的に三島や小林が「偉大な谷崎」の意味で使っているのだから偉大な谷崎だ、と言う人は、それはもう各人ご自由にと言うほかない。
(小谷野敦)