渡辺淳一の初期短編「訪れ」(『文藝』1967年12月号)を読んだ。これは直木賞候補になっており、文庫『死化粧』に入っている。ちょうど一年前に死んだ亀井勝一郎が「K氏」として登場する。渡辺が同人雑誌賞をとって東京の授賞式に行った時に「K氏」と会うが、K氏は手術をしたあとらしく、ガンは治らないのかね、といった話を渡辺本人であろう語り手とする。『大和古寺風物誌』という著書が出てくるから亀井であることは分かるが、山本直人の『亀井勝一郎』を読んでいてこういう短編があるのを知った。
小説の本筋は、語り手の医師が勤務先の北海道の病院へ帰って、亀井と同じ59歳で胃がんの小学校校長の宇井という男に対峙する話で、最後に荒れ狂って鞭で妻を打ち据えたあとで死んでいく。なんで鞭なんかがあったのかは謎である。直木賞の選評では、なぜこれが直木賞なのか、芥川賞のほうじゃないかと言われている。当時はこういう、文藝誌に載った短編でも直木賞候補になったのだ。
当時は吉川英治とかよくガンで死んでいたので、「文壇も癌ノイローゼでね」と亀井が言っているが、私はこの三年後にガンで死んだ伊藤整のことを思い出した。伊藤の日記を読むと、食道とか咽頭のあたりがガンじゃないかとずっと気にして、これこれだから大丈夫だとか考えていたりして実に恐ろしい。それでいて医者には行かないのである。