ロレンス・ダレルの『アレクサンドリア四重奏』は、「ジュスティーヌ」「バルタザール」「マウントオリーブ」「クレア」の四部作だが、私はその全部を訳した高松雄一に英文科で教わっておりながら、「ジュスティーヌ」一編だけ読んで退屈だったので以後読まなかった。なんでもこれは、同じ物語を次々と別の角度から語るという形式らしいが、それもいかにも現代小説らしく、興味がないので知らずにいた。川村二郎の『限界の文学』に、そのあらましが簡単に書いてあったので引用する。
「第一部(ジュスティーヌ)では、女主人公が物語の語り手である貧乏詩人を愛する。そこにあるのはいかにもいたましげな悲恋物語である(私はそういうことはまったく感じなかった)。しかし第二部(バルタザール)では、その愛は、別のある作家との交情を隠蔽するための、いわば愛の偽装だったということになり、さらに第三部(マウントオリーブ)にはいると、ジュスティーヌの男たちとの交渉は、ある政治的陰謀のための情報活動にすぎなかったという事実が明らかになる。一方作家の方はといえば、突然謎めいた自殺をとげ、自殺の理由は、最初は、作家としてのおのが営みに対する絶望的な倦怠にあるとされるのだが、ついで、外交官でもあった彼が、職務上の失態を償うために死を選んだという解釈がくだされ、最後に、妹との不幸な愛が自殺の真の原因だったという、法外な解答が提出されるのである」
バカバカしい、としか思えない。
(小谷野敦)