ぼんやりした思い出

大学一年の時は私は文三四組のドイツ語クラスにいたのだが、ここは全部で40人くらいのところに女子が9人しかいなかった。その中に田村泰美(仮名)という、愛知県から現役で来た女子がいた。成績は良かったようだが、はじめ相撲部のマネジャーをしていたが、失恋ばかりしている人だった。

 一年生が終わる時に、テストが終わった記念で飲み会が行われた時、この田村さんが、どういうわけか「小谷野く~ん」と言いながら私にしなだれかかってきて、それはきっとまた誰かに失恋したあとだったのだろう。私はずいぶんあからさまに嫌な顔をして、「なんでそんな顔をするの」と言われていた。

 確かそのあと、オリエンテーション合宿というのがあり、私はオリターというのをやっていたので山中湖へ行ったはずである(夜中にボートがひっくり返る事件があるのはこの翌年)。これは下の学年の四組の新入生を連れていくのである。

 それから二ヶ月か三ヶ月くらいあと、つまり初夏に、田村さんがヴォランティアか何かでジンバブエへ行くので送別会をするという知らせがあり、渋谷のどこかの店へのこのこ出掛けていったら、何か変な雰囲気だった。愛知県から来た坂本という男と、泉さんというちょっときれいだけど高校生とつきあっていた女子とで、オリ合宿で知った下の学年の学生のうわさ話などしていた。

 ところが、クラスで一番成績のいい青木という男と当時つきあっていた安岡さんという女子について、「安岡さん、小谷野に送ってもらったら」と誰かがふざけて言うと、田村さんが「あなた、なんてことを言うの、こんな人に送らせたら危ないでしょう」などと言い、一瞬だがなぜか私が集中砲火を受けることがあり、私と親しい松川が「かわいそうだよー」と言うほどだった。店を出てからも田村さんの私への攻撃が続いたので、私が「あなたなんかジンバブエへ行って帰ってこなければいい」と言ったら、白けた空気になり、坂本が「お前、そういうことを言っても支持されないところが問題なんだよ」というようなことを言った。

 あとで考えたら、これは前の「嫌な顔つき」で見たことへの意趣返しを田村さんがしたんだなと思ったが、もしかすると失恋続きの果て傷心でのジンバブエ行きで、何か集まり自体に裏があったのかもしれない。ただあまりに記憶がぼんやりしているし、そのあと田村さんは帰国して多分優秀な成績で卒業したはずだが、会った記憶もない。

小谷野敦