『ミカドの肖像』の思い出

猪瀬直樹の『ミカドの肖像』が出たのは1986年の暮れで、私が大学院へ入るちょっと前だったが、4月ころには読んで、大層面白く、友人に電話してぺらぺらしゃべったら、面白いところは全部君に聞いてしまっていたとあとで言われた。

 それから三年くらいして、私は修士論文を本にすることにしていて、それが出る少し前の1990年5月ころ、スミエ・ジョーンズに連れられて池袋の居酒屋で小森陽一、渡辺憲司、関根英二と会ったことは前に書いた。四方山の話のうちに、スミエ先生が、『ミカドの肖像』が面白かったという話を始めたら、小森や渡辺は、左翼的でない『ミカドの肖像』が気に入らなかったらしく、明らかにスミエさんを無視して、そのころ岩波新書で出ていた多木浩二の『天皇の肖像』が良かったと話し始めたので、私は少々驚いたのだが、この両者はついに話がすれ違ったままだった。

 もっともスミエさんと渡辺憲司はその後も共同作業をしていたから、あの程度のことはよくあることなのかもしれない。