インベカヲリ★「私の顔は誰も知らない」書評 「週刊朝日」

 インベカヲリ★は、写真家である。募集に応じて来た女性たちの、ちょっと不気味な感じの半ヌード的な写真を撮っており、『やっぱ月帰るわ、私』や『理想の猫じゃない』といった写真集を出し、木村伊兵衛賞候補になり、ニコンサロンで伊奈信男賞も受賞しているが、その一方人物ルポルタージュも執筆し、二〇一三年に私は共著『ノーモア立川明日香』の書評をしている。さらに昨年は、新幹線内で無差別殺人を行い無期懲役になった小島一朗に取材して『家族不適応殺』を上梓し、大宅壮一ノンフィクション賞の候補になった。写真が本業なのになぜこんなに文章がうまいんだろうと思ったら、子供時代から大量のノートに思うことを書きつけ続けてきたというから、なるほどと納得した。 
 この本は、『家族不適応殺』の関連書として出たものと同時に出たエッセイ集で、おおむね女性論である。冒頭のエッセイで、女性は周囲に合わせて擬態しているというこの本の主潮音ともなるエッセイが出てくる。
 私は大学院生のころ、東大の女子院生から、子供のころ作文を書く時は、どう書けば大人に受けるか、こういうところで泣かせるということを分かって書いていたと言われてちょっと驚いたもので、女の優等生ってすごいなあと思ったものだが、大人になってからもその能力は発揮されて、大学でも会社でも、筆記試験をやると、女のほうが、自分が書きたいことではなく相手が求めていることを察知して書くから、実は上位は女ば
かりで、そのため企業などでは男にゲタをはかせて採用していると聞いたことがある。さる医大で問題になったことだが、私はそれを聞いて、上の意向を察知してそれに迎合する人ばかりでは良くないから、そういう措置も必要なんじゃないかと思った。そうなると筆記試験で成績のいい女を落とすことに合理性があることになり、何がいいことなのか分からなくなる。  
 とはいえ、インベの考え方はフェミニズムに影響を受けつつ、正義に向かって突っ走るとか、最近ネット上でよくある、正義を吠えたてるようなこともなく、適当なところでストップして話を転換するような感じである。来世とか前世とかオカルト的なことも書いてあるのでちょっと心配になるが、これも擬態なんだろうか。                
 女性の写真を撮る時に、インベはさながらインタビューのように相手と話をする。そこから導かれた議論もあるが、男とも話さないといけないのではないか。インベはそれに対して、男は小島一朗を取材した、と言うが、殺人犯で男を代表させるのも困るので、今後は男の話も聞いてほしい。そういえばインベは西村賢太のファンだったが、存命中にそれを言えば西村に追いかけられかねないので黙っていたと、これは私が聞いた話だが、その判断が的確なのはいいとして、そういう要素もあって男とはあまり話ができないのかもしれない。  
 エッセイの中でも、被写体となった女性の話や、インベ自身が身の周りのものを売った話なども出てくるし、これまでキャリアの上で苦労した話も出てくるが、東京の女子高に通っていた話など、ちょっと不思議な立ち位置の人で、動画などで見る限りごく常識的で落ち着いた人に見えるが、中にはモンスターが住んでいると自分では言っている。         
 本書を読むと、チラリチラリとインベ自身の生い立ちが出てくる。都内の私立女子高では半分は埼玉県から来ていたとかあり、どこなんだろうと興味をかきたてられる
し、両親はどんな人なんだろうと思うがそれも分からない(のち母親は美大卒、文京区に実家があったと判明)。インベという日本最古の姓の一つを名乗っていることとあいまって、インベさんへの関心ばかりがふくれあがる、不思議な本である。