「高名な学者になるのか?」

 大学生の時「児童文学を読む会」に入っていて、五月祭と駒場祭では展示をやり、同人誌を作って販売していた。

 私が三年生の駒場祭の時だったが、英文科の後輩にあたるZ君と二人で、最前列に座っていたら、三十代くらいの男性が入ってきたので、同人誌の売りこみをかけた。男性はしげしげと雑誌を眺めてから、

「こういうのを書いている人は、のちに高名な学者になったりするんですか?」

 と真顔で訊いてきた。意図は分かるが、そんなこと今から分かるわけはなく、Z君は手と目で私に救いを求めた。私たちが英文科にいると知った男性は、たとえば新潮文庫の後ろのほうに、Z×××訳、というような本の広告が載ったりするようになるのか、と訊いてきた。彼が「有名」ではなく「高名」という言葉を使ったことだけははっきり覚えている。

 結局彼が買っていったかどうかは忘れた(買わなかった気がする)が、私もZ君も新潮文庫に翻訳を入れるというようなことにはなっていないのは確かである。