統計学のサンプル数と文系知識人に時々ある傾向

私が若いころ、選挙の日に八時を過ぎると刻々と当落が伝えられていたのが、八時になるといきなり多量に当落の予想が出るようになった。出口調査の結果だが、これで選挙速報が面白くなくなったと言う人が多かった。

 また、その程度のサンプル数でなんで分かるんだと言う人もいて、それは統計学的には正しいのだが、文系知識人でもけっこう「信用できない」と言う人がいたが、この20年でそういう人もだいぶ減っただろう。これはテレビの視聴率調査についても、自分の周囲で調べられている人なんかいない、その程度の数でホントにわかるのか、といった文章を書いている人が昔はいた。

 文系の知識人のこういう限界はだんだんなくなってきているが、あとは進化論あたりが、特に米国などで信用しない人がいる。日本では生成文法がなかなか理解されず、サピア・ウォーフの仮説が今なお跋扈しているありさまである。生成文法を教えているのが文学部だから、かえって話は面倒である。