俳優になりたかった

信じられないかもしれないが、私も一瞬だけ、俳優になりたい、と思ったことがある。高校一年のころである。結果的には、人づきあいが無理だろうといったことで霧消していったが、その時ちょっと悩んだことは、「嫌な人間を演じられるか」ということだった。たとえばきわめて男尊女卑的な男を演じるのは嫌だということがあって、もしその男が作品内で悪役として描かれているならまだいいが、肯定されていたら耐えられないと思った。じっさいその当時は「まあ女子は大人になったら家庭に入るわけだし」といったセリフを「中学生日記」の先生役が口にしたりしていた。

 多分そのことは今でも尾を引いていて、たとえばフィクション小説を書くときに、自分では許せない人物というのを描けない。これはかなりまずい。だから殺人事件が起こるような小説は書けないのである。