中学二年か三年の時、私はリンカーンは偉い人だと言っていた。当時の私は左翼だったのである。するとひねくれ者の友達が、下校途中で、「リンカーンは南北戦争の時××××××。お前はそれでもリンカーンを尊敬するのか」と言い出した。私は××××のところがよく聞き取れなかったのと、そんなことはどうでもいいんじゃないか？という気持ちとで、ああ、と曖昧な返事をした。
それがいつもの帰路とはちょっと違った道で、その場所すらきっちり覚えているのだが、何を言われたのかは分からないのだ。人間にはそういうことがある。
（小谷野敦）
