1980年代に、外国人留学生が、日本の近世初期のイエズス会の典礼劇の影響で歌舞伎が成立したのではないかという論文を出した。だがこれは刊行されず、河竹登志夫先生の『歌舞伎美論』の中で紹介されたにとどまった。98年ごろ、丸谷才一が同じようなことを言い出して、山崎正和も渡辺保も認めてくれた、すごいすごいと書いていたから、私は『歌舞伎美論』のコピーを丸谷に送った。のちに丸谷は、河竹の紹介にも触れてあれこれ言っていた。
ところがこの説は、別に批判されるでもなく、定説にもならなかったから、訊いてみたら、歌舞伎の専門家に認められなかったという。といってもこれは一般読者には分からない、裏で抹殺された説で、学問の世界にはこういうことがあるから、侮れない。というか、いい加減なものだ。