長いこと、私の一番好きな俳句は、山口誓子の
「夏の河赤き鉄鎖のはし浸る」
であった。中学生の時に教科書で見て以来で、ほかにも尾崎放哉とか好きではあったが、誓子のこれを越えたものはなかった。
当時、女性の国語の先生が、私がこの句が好きだと書いたら「見捨てられた風景のぶきみさ」と書いてきて、その評に感心したものだが、もしかしたら教師用アンチョコに書いてあったのかもしれない。
1986年に、俳句をやる柳家小三治がNHKの俳句番組に出ていて、その場で夏の俳句を作ったのだが、俳人も出ていて、そちらが「夏はじまる」で終わる句を作ったら、小三治がやたらとその「夏はじまる」に感心していた。
今回、調べたらその俳人は鷹羽狩行らしい。鷹羽といえば藝術院会員で、俳壇の重鎮である。そしてその句はたぶん、
「船よりも白き航跡夏はじまる」
なのだが、これを見た時、昔いっぺん見たはずなんだが、感心してしまった。赤き鉄鎖以来というくらい感動してしまった。
もしかすると、私は夏の句が好きなんだろうか。そして、マッチョな句が好きなんだろうか。俳句ではないが、和泉式部みたいなのは、人が口にしすぎるので通俗化する、女性的抒情はそういうところがある。