「アイリス」(リチャード・エアー)2016年9月

 二十世紀後半以降の文学というのは、世界的に危機的状況にある。ソール
・ベローやマルグリット・デュラスなど、かつては翻訳も多かった作家が、
今では日本ではほぼ品切れで読まれてもいない。これは小説というジャンル
の歴史的必然である。アイリス・マードックなどもよく訳されたが、『海よ
、海』は長く絶版で、英語圏ではまださすがに読まれてはいるが、十九世紀
から二十世紀前半の作家のように世界的に読まれ続けてはいない。
 アイリス・マードックは一九一九年生まれで、日本でこの世代で人気のあ
る女性作家がいるかというと、三つ下に瀬戸内寂聴がいる。あるいはもっと
下の有吉佐和子あたりか。マードックは九九年に八十歳で没したが、その晩
年、アルツハイマーにかかり、自分が人気作家だったことも忘れてしまった
。夫の文藝評論家ジョン・ベイリーは六つ年下だが、『アイリスとの別れ』
(邦訳、朝日新聞社)を書き、それをもとに映画化されたのが『アイリス』
である。
 老いたアイリスをジュディ・デンチ、ベイリーをジム・ブロードベント
演じて高い評価を受けたのだが、私はむしろ、フラッシュバックで挿入され
る二人の若いころが面白かった。これはケイト・ウィンスレットとヒュー・
ボネヴィルなのだが、ボネヴィルは眼鏡をかけて頭のはげたまじめな文学の
学生で、アイリスのほうは六つ上、不羈奔放、結婚後も別の男や女とセック
スしていたという女で、この二人の組み合わせが面白い。
 二人はベイリーが三十一、アイリスが三十六の時に結婚しているが、映画
にはアイリスとベイリーが全裸で川遊びをする場面があり、ケイト・ウィン
スレットが全裸になるのだが、それが「豊満」なのである。西洋の女性は、
十代のころほっそりした美少女でも、二十歳すぎると驚くほど太る人がいる
が、ウィンスレットは今でも脱ぐとこれくらいなのだろうか。だが私はその
豊満な全裸が気に入って、今でもウィンスレットは気になる女優の一人なの
である。ジョン・ベイリーは昨年死去した。