「卍」(井口昇)中央公論2015年3月

 谷崎潤一郎原作映画は第一回に「紅閨夢」をとりあげたが、新しい谷崎全
集も出るし、神奈川近代文学館で展覧会もやっているというので、もうひと
つ取り上げる。
 名作文学の映画化はうまく行かないと言われるが、林芙美子の『浮雲』と
か、ぼつぼつあることはある。さて谷崎といえば、市川崑が監督した『細雪
』の評価が高かったが、私にはそれほどとは思えなかった。そこで、谷崎全
集刊行記念で新たに映画化するなら、配役はというに、幸子・松たか子、雪
子・杏、妙子・満島ひかり、貞之助・市川染五郎でどうか。
 先ごろ死去した河野多惠子は谷崎好きで知られたが、河野の愛好するSM
趣味のない『細雪』は評価していなかった。谷崎作品の映画化は、『刺青』
痴人の愛』『卍』『春琴抄』『細雪』が数回にわたって映画化されており
、中でも伊藤大輔の『春琴抄』などは優れたものだろう。
 さて『卍』は、レズビアニズムを扱ったものであるため、戦後になってエ
ロティック趣味で映画化されることが多いが、中で私が白眉だと思うのが、
井口昇監督で、秋桜子が主演した二〇〇五年の比較的新しい作品である。
 秋桜子は「こすもすこ」と読んで、荒木経惟が発掘した写真モデルである
。かなり意地の悪そうな顔つきをした美少女だったが、この映画の時は二十
代半ばか、主役を演じているのだが、これがいいのである。和服を着た中産
階級の婦人を演じるので、あわないだろうと思いきや、あっているのみか、
原作以上とも言うべきエロティシズムを発揮しているのである。
 『卍』は、小説として成功しているとはいえない。おそらくドイツのポル
ノ小説の話を秦豊吉から聞いて書いたのでモデルはいないだろうが、荒川良
々も出ていて、異様な雰囲気を醸しだしているが、これを観た時は、まさか
その後も活躍するとは思わなかった。なお井口昇は『電人ザボーガー』など
ほかにも傑作がある、日本映画界の鬼才だ。