凍雲篩雪(84)

 

 

一、小澤英実さんから、訳書であるロクサーヌ・ゲイの『むずかしい女たち』(河出書房新社)という短編集を送ってもらって読んでいた。すると「完璧」という語が出てくるのにひっかかった。perfect の訳だろうが、「彼女は完璧な女の子だった」のように、アメリカ人はこのおおげさな言葉をよく使う。もっとも日本でも最近はある連続テレビドラマの「神回」とか「神対応」とか、おおげさな言い回しははやっている。文藝評論家まで「完璧な作品」などと言うが、小説作品に「完璧」などということはありえない。まあ言葉というのは変化するものだからやいやい言うこともないだろうが、英文を訳すときは、完璧は「すばらしい」程度にしたほうがいいのじゃないかと思った。
 その昔、バート・ランカスター主演で映画化されたジョン・チーヴァーの「泳ぐ人」は、私は英語で読んだのだが邦訳がないらしいので、機会があったら訳したいものだと思っていたら、村上春樹に訳されてしまった。といっても、一編だけ訳しても雑誌などに載せるには古い小説だから機縁がないし、村上はチーヴァーのほかの短編も訳したので、私にはそれほどチーヴァーに入れ込むつもりはないから、仕方がない。
 翻訳したいというより、誰か訳してくれないかと思っているのが、メアリー・マッカーシー出世作ブルックス・ブラザースのシャツを着た男」(一九四二)という短編である。これはニューディール時代、シカゴを通って西部へ向かう汽車のコンパートメントで二人きりになった男と女の話で、いずれも中産階級、男には妻と二人の子供がおり、女は二十三か四歳で、これから再婚するところ、という設定。男は当時話題だったヴィンセント・シーアンの『パーソナル・ヒストリー』(一九三五)を読んでおり、男女は会話を交わすようになるが、それがいかにも知的スノッブ風で、女のほうは左翼で、大統領選では社会党のノーマン・トマスに投票すると言う。意気投合した二人は個室内で酒を飲み、酔ってセックスしてしまう。この小説は一九九〇年にテレビドラマ「ウィメン・アンド・メン 誘惑」という全三話のうちの一つとして映像化されており、メラニー・グリフィスが女のほうを演じていたのだが、当時すでに三十三歳で、あまり美しくも見えなかった。
 男の姓はブリーンとなっているが、女のほうは分からない。二人は別れて女はニューヨークへ帰り、ブリーンと何度か密会するが、婚約を破棄したことは男には言わなかった。そのうち男の気持ちが冷えていき、女の父親が死んだとき、男は弔電を送ってきた。女はそれを破いて捨てた。誰かに見られたら大変だと思ったからである。
 マッカーシーは当時夫だったエドマンド・ウィルソンに勧められてこれを書いたというが、衝撃をもって受け止められたというのはこれが実体験に基づくと思われたからか、単に地位のある父親を持つ中産階級若い女の性行動を描いたからか、よくわからない。日本ではマッカーシーの紹介がどうもおかしくて、名作『グループ』は昔の小笠原豊樹訳で十分とはいえるのだが今では品切れのままで、そこへ政治的教条主義が強くてあまりよくない『アメリカの鳥』がすでに翻訳があるのに二〇〇九年に新訳で出たりして、私は書評でその選択を批判したものだが、「ブルックス・ブラザースを着た男」が入っている短編集も訳してほしいものだ。
二、二〇一八年の大河ドラマ西郷どん」は、歴史をいたるところで歪曲し、戦争の好きな西郷を美化して、西郷の敵に回った人間はやはり事実と異なる描き方をして悪人に見せかけるひどいドラマだった。被害者となったのは井伊直弼徳川慶喜大久保利通らである。信長や秀吉の時代と違い、近代日本に直結しているだけにタチが悪い。「翔ぶが如く」(一九九〇)の時は、西郷と大久保二人主役だったから、こんなにひどくはない、いやむしろこれは大河ドラマではいいほうに属する。私も西郷美化に抵抗する新書を書いたが、売れなかったし、概して西郷美化の方向の本のほうが売れたのは憂うべきことだ。
 さて、暇つぶしに一九七四年の大河ドラマ勝海舟」の総集編を観たのだが、脚本といいキャスティングといい、今よりずっと良質に感じられた。とはいえ、佐々木譲の『武揚伝』で、勝海舟の実像を知ってしまうと、観方も変わってくるが、おっと思ったのは、ペリー来航後、幕府が諸大名に意見を求めたところで、海舟が、これまで幕府独断でやってきたのが、意見を求めるようになった、と言い、それが大変革のように言う場面である。幕府は吉宗将軍時代に目安箱を設けて、広く庶民からも意見を求めているし、徳川時代を通じて、しかるべき建白書は上程されてきたのである。そのことは高槻泰郎『大坂堂島米市場』(講談社現代新書、二〇一八)に詳しく書かれている。これまで、林子平渡辺崋山高野長英の処罰によって、幕府は他からの意見を禁じているように思われてきた節があり、さまざま訂正されてはいるが、子平の場合は、すでに工藤平助が『赤蝦夷風説考』を幕府に建白しており、子平はその手続きを踏まずに『海国兵談』を印刷したことが忌諱に触れたのである。崋山と長英は、モリソン号事件での対応を批判したことが問題だったのである。
明治政府の宣伝のため、幕府の実態は悪く伝えられてき、最近その見直しが進んでいるが、『大阪堂島米市場』は、一八年の著作としてはピカ一と言うべきもので、こうした研究は以前から経済史の世界では行われており、著者はそれを紹介しただけだと言っているが、六年かけたというその書きぶりは、現代の先物取引デリバティブにも触れて面白く、なぜサントリー学芸賞をとらなかったかと不思議に思う。私はおかしな話だがこの本を読んで、東証株価指数とかTOPIXとかいうのがどういうものか初めて分かった。もっとも、著者の師匠の森平爽一郎によると、三十五歳までに勉強しないとデリバティブは理解できない、というジョークがあるというから、私はもう無理だ。
 実際に米に替えることができない架空取引が徳川時代に行われており、その終値を知らせるために普通の飛脚とは違う米飛脚が使われたとか、さらには手旗信号という、十九世紀のフランスで使われた腕木通信のようなものもあり(これは『モンテ・クリスト伯』に出てくる)、伝書鳩も使われたとか、読み応え十分で、しかも著者は「本書は通信業者養成のための本ではないので」詳しくは延べないが、などといったサラリとしたジョークも小気味いい。
 徳川時代の経済については、直木賞をとった佐藤雅美がかつて書いていたが、その佐藤の直木賞受賞作『恵比寿屋喜兵衛手控え』も、公事宿というものを私が知らなかったせいもあり、大変面白かった。もし『応仁の乱』ではなく『大阪堂島米市場』がベストセラーになったとしたら、昨今の読者もなかなか捨てたものではない、と思ったであろう。