大笹吉雄の『現代日本演劇史 昭和戦前編』を見たら、検閲の話のところで、
山本有三さんの「嬰児殺し」を松本幸四郎が浅草の常盤座で上演しようとして台本を出したら不許可になった。何故かときくと、『巡査の役が松本幸四郎のような美男でなくては困る』といわれた。そこで私は『出来るだけ立派な制服を借りて致しますから』ということでやっと許された」
 とあった。意味が分からないのである。「嬰児殺し」は嬰児を殺した女を巡査が逮捕して連れて行く話で、幸四郎がやるなら巡査が幸四郎である。
 で、これは村山知義の『演劇的自叙伝』から引いたものだというので、全四巻のそれを調べたら、第三巻285pにあって、1930年に朝日新聞社講堂で行われた検閲制度講演会で、高田保が話した分の速記を朝日新聞社で本にしたものから引いたのだとある。だがその原本は見つからない。
 案ずるに速記のミスか村山の転記ミスだろう。「嬰児殺し」は大正十年三月に有楽座で幸四郎が初演したもので、幸四郎が常盤座に出るはずはないから、「幸四郎がやった「嬰児殺し」を常磐座で別の俳優で上演しようとしたら」の間違いであろう。
小谷野敦