あれはいつのことだったか、状況から推定すると高校二年の時か、今の家に越す前の、まだ小さい家に住んでいたころだ。昼間から父親がいて、郵便が配達されたのだから土曜日か。その当時、アメリカンエキスプレスあたりから、「××に当選しました」などという触れ込みで、何のことはない入会の勧誘の封筒が届くことがあった。それが私あてに来たのだが、どういうわけか両親が、何か当たったのかと本気で思って、私を呼びに来て、父親など、にこにこしながら「何か出した?」と言っている。
分厚くて豪華そうに見えるから勘違いしたのだろうが、開けてみて、正体が分かった。私は高二として、最初からうすうすそんなことだろうと思っていたので、両親のはしゃぎようが恥ずかしかった。父は46歳、母は40歳、今の私より若く、それにしても世間知らずで学がなかった。だが、それこそ「何かいいことないか」と思いつつ生きていたのだろう。
(小谷野敦)
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首都大学東京教授の大杉重男は私が大学教員ではないことを忘れているのではないか。私が近松秋江伝を書くのをためらうのは、秋江は「黒髪」「別れたる妻に送る手紙」以外があまり面白くないということのほかに、売れないだろうということもあるのであって、久米や里見が売れなかったので、以後売れよかしとやってきているわけである。