さて、浪速大では、ムラヴィンスキーや牧冬子を呼んで聞き取り調査をしていたが、その秋から、シラバスからムラヴィンスキーの授業が消え、どうやら六か月の停職になったらしかったが、発表されなかったのは、ムラヴィンスキーが異議申し立てをしていたからだった。だがそれも、停職期間が終わるころには却下され、「疑わしい状況を作り上げた」ということで、いつものように名前を伏せたまま、停職処分が発表された。
牧冬子は、その前の夏に、「死ぬ時はあなたのせいで死んだと遺書を残します。ムラヴィンスキーではなくてあなたです」という脅迫じみたメールをよこした。私は、牧は本当にムラヴィンスキーが好きで好きでしょうがないんだなあ、と思っていたが、停職処分が発表されてほどない四月、京都府南警察の荒山という警官から、牧冬子から私に、刑事告訴状が出ているという連絡があった。なんでも、「復讐します」と書いたメールが脅迫だというのだ。そんな馬鹿なことがあるかと思い、対応は電話ですると言ったのだが、荒山は二度ほど電話をかけてきて、「復讐というのは具体的には何ですか」と訊いた。別に何も考えていない、と答えたが、ある日、昼間いきなり、荒山と若い刑事二人が訪ねてきて、一時間ほど話していったが、そんな誘導尋問に答えるわけにいかないと言って、無意味な問答をしたのは、録音しておいた。
だがムラヴィンスキーは、処分の取り消しを求めて浪速大を提訴しており、これに勝訴したのである。これで、大学教員が大学院生と研究室でセックスしてもいい、というお墨つきが与えられたようなものだったが、これに対して、「フェミニスト」などからのコメントは一切聞かれなかった。
京都府警察のほうは、どうやらその後のことは被告訴人に教えなくてもいいことになっているらしく何の音沙汰もなかったが、いくら何でも不起訴になっただろうと思って、牧冬子の告訴状を作った弁護士に対して懲戒処分を申請した。しかしそんなことで大阪まで出かけられないから、書面で事情説明をしたが、却下され、さらに日弁連に不服申し立てをしたが、これも却下された。この処理はいろいろ不正があって、実は私は牧冬子に「名前を書きます」と言い、その後で「やめておきます」としたのだが、告訴状はどうやらそこまで書いてあったらしく、しかし荒山はその点で私に嘘を言ったのである。次に、大坂弁護士会は、遠方だから来なくてよい、と言っていたのに、日弁連の調書に、まるで私が無断欠席したかのように書かれていたことである。だが、日弁連というのは公正な組織ではないし、これ以上やるなら牧冬子を不法告訴で訴えるしかないので、放置した。
週刊誌のほうは長引いたが、三年ごしでようやく週刊誌側が勝訴したが、ムラヴィンスキー側は即刻控訴し、それから数か月で、和解となり、週刊誌側が和解金を支払った。牧も、ムラヴィンスキーに詫び状を出したというから、さぞ悔しかっただろうが、自業自得と言うほかない。かといって、ムラヴィンスキーがいいとも言えないのは、ムラヴィンスキーは、妻のいる大学教員が大学院生と研究室でセックスしてもいい、と思っているらしいが、それならその思想を明確に述べるべきで、だいたい研究対象が「色男」だったりするのだから、それはほとんど義務であろう。しかも「抱きついた」時点では、相手の合意を得ていないのだから、強制わいせつは成立しているのだ。現に十四年前に、抱きつかれて泣きながら帰った女性もいたのである。だいたい週刊誌記事を「事実無根」だなどと書いているが、「無根」ではなくて、根も葉もある話である。
もっともムラヴィンスキーはよほどの「愛されキャラ」らしく、彼を知る女性の幾人かが、「悪い人だと思っていても、にこにこしながらやってくると、どうも憎めない」といった種類のことを言うのだから、天道是か非か、である。
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渡哲也と吉永小百合の『愛と死の記録』(1966)という蔵原の映画を観た。広島が舞台で、子供の時に被爆した渡が白血病で死んでしまう話だ。何だか、女が白血病で死ぬというのが定番のように言われているが、実際はどのくらいあったのやら。『赤い疑惑』と、葉月里緒菜のやつ、あと漫画とかにあるのだろうか。
それはさて、渡が死んだ時、かけつけてきた吉永が、じっと佇んで遺体が運ばれていくのを見て、あっと思ったのは、石原慎太郎の「弟」がドラマ化された際、三浦友和の裕次郎が死んだ時、かけつけた渡哲也の演じる慎太郎が、これと同じ演技をしていたことで、意識的か無意識的か、この時のこれを使ったんだなと思ったのである。