コンビニはうるさいもの

 私のよく行くコンビニは、ファミリーマートとコミュニティストアである。コミュニティストアが一番近いので、夜になってふと何か必要になったりすると行く。ここは普通の雑貨屋だったのがコミュニティストアになったらしく、私には居心地がいい。いつも放送が流れていて「こんげつちひろ」とかいう女の人が話している。私は昔から有線放送とかいうものの仕組みがよく分からないのだが、最近気になって調べてみたら、コミュニティストアが独自に流している番組らしく、「こんげつちひろ」が誰であり、本当はこうげつなのかこんげつなのか、どういう字を書くのか、調べても分からない。
 こっちはしかし、いいのである。ファミリーマートは、放送がうるさい。時には二種類の音が流れていて、「ファミマー毎日お買い得〜」とかいう歌が流れていて悪夢のようだ。毎日お買い得ってそれはどういう意味なのか。2002年ころ、私はコンビニがあまりにうるさいので、盛んに店員に文句を言ったり、時には本社に電話をかけて苦情を言ったこともあるのだが、直らない。
 選挙の時の名前連呼もただうるさいだけである。郵便受けに入っているチラシも、みなそこのゴミ箱に捨てるが、ほかの人も捨てているから、効果はほぼないだろう。コンビニももう諦めてしまった。だから私は、広告とかそういうものは、効果がないことを知ったうえで、やらないわけにいかないからやっているのだと思っていた。それで今枡野さんから、「広告はうまく入れないと逆効果」と言われて、逆効果でない広告があるのか、とちょっとカルチュラルショックであった。もちろん、見たくも聞きたくもない人の目や耳に飛び込んでくる広告のことである。

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本郷和人さんから新著『謎とき平清盛』を送ってもらった。読み始めたら、前近代において諱で人を呼ぶということはなかったという、私も書いたことが書いてあって、それはいいのだがその後、目下なら諱で呼んでもいい、とあったから、ちょっと驚いた。なら家康は「秀忠」と呼んでもいいのか。それで本郷さんに尋ねたら返事があったのだが満足のいくものではなかった。『源氏物語』とかその亜流の膨大な数の作品があるのだが、私には目下の者だから諱で呼ぶという事例は思いつかない。
追記)その後、『平家物語』の事例があげられた。確かに「経遠・兼保」など、瀬尾次郎らを呼んでいる。ただこれについては、一冊分、つまり博士論文になってもいいくらいの研究が必要ではないかと思う。

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下手に名前を隠すと迷惑だ、の例。有馬稲子は1995年の『バラと痛恨の日々 有馬稲子自伝』(中央公論社)で、中村錦之助との結婚前に、映画監督Jと不倫関係にあって堕胎までしたことを書いていた。夫人からも電話がかかってきたという。しかし先行きがないとみた有馬は錦之助との結婚を決意する。
 この時は「J」とあり、独特のテクニックを持ち、夫人は賢夫人として名高い、などとあるだけで、まあ業界の人は先刻ご承知、映画に詳しい人でも分かるかもしれないが、私はふいと、中平康?とか思ってしまった。東宝だから中平ではないのだが、2010年に市川崑だと明らかにしたのですっきりしたが、隠すと他人に迷惑がかかる、ということである。
(付記)実はもっと前の1985年の吉岡範明『有馬稲子「わが愛」』(講談社)にこのことは書いてあって、17歳年上とあるから間違えようはないのであった。