丸谷才一のエッセイ

 丸谷才一といへば私小説を衰退させるのに力のあつたひとだから、私からすれば宿敵である。けれども、小林秀雄を認めないところとか、元号廃止論者であるところとか、漱石の『文学論』がつまらないとか、意見の合ふところもあるのだけれど、まあ今年八十六才になるわけで、これくらい世代差があるともうどうでもいい気がしてはゐる。
 もつとも丸谷の小説でも私は『横しぐれ』がとても好きで、あれはいい小説だ。からくりや仕掛けのある小説といふのは、うまくいつたら面白いものだが、裏目に出た時にひどいことになる。まあどんなものでもさうだけれど。
 『たった一人の反乱』(講談社、1972)から以後、丸谷は十年に一冊長編小説を書くことにしてゐて、82年『裏声で歌へ君が代』(新潮社)、93年『女ざかり』(文藝春秋)、2003年『輝く日の宮』(講談社)と来ていて、見てのとおり、出版社がばらばらである。どうやら三社をへめぐるらしく、講談社へ戻つたから次は新潮社といふわけで、『新潮』に「持ち重りする薔薇の花」300枚が一挙掲載されたのだが、確か雑誌に載るのははじめてぢやないかしら。今回は十年ぢやなくて八年で出したのは、さすがに年齢のこともあるからだらうか。ところで私は近ごろ初めて、丸谷が2001年以来、『オール読物』にエッセイを連載してゐることに気づいた。時々、変な題名の本が出るなあと思つてゐたのだが、「花火屋の大将」「絵具屋の女房」「綾とりで天の川」「双六で東海道」「月とメロン」「人形のBWH」といつた題の下に、一年数か月連載して、これを単行本にしており、ちやうど「人魚はア・カペラで歌ふ」が終つたところである。
 私は、いつぺんくらい、覗いたことがあるけれども、果して面白いのか、どうか。丸谷のエッセイは、文学ネタ・歴史ネタはもちろん、グルメネタとか服飾ネタが多く、私は後のほうは興味がなく、文学・歴史については、特に新知見がないやうな気がする。それでもちよつと気になつて、図書館に行つたついでに数冊ある中から抜き出して覗いてみたら、最後のほうに、道鏡について男の作家と永井路子で議論になり、最後に男たちがひるんだ、とあつて、「もつとも、道鏡の話になると、男はたいてい、ひるむものであるが」といふ落ちがついてゐた。
 どうやら、道鏡=巨根=自分はかなわない、といふことなのだらうが、まあもうその感覚といふのは私らにはない。やはり老人向けのネタであるなあと思つて、やはり読まなくていいか、と思つたのであつた。

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